佐渡の話
思い起こせば定年前の10数年間は佐渡島に年2回は必ず出張してました。夏はゴルフで冬は司令官の副官として視察補佐として行ってました。新潟港から佐渡汽船で3時間半の旅でした。ジェットホイルなら1時間で行けますが公務ですからオケサマルです。乗り込んで直ぐ全員が車座になりワンカップで乾杯になります。宴会も10分もすると新潟放送か新潟交通の若いおネイさんから「うるさい!」とご指導されました。いつも毎回毎回なんで我々の行動を掌握しているんだろうと不思議でしたが答えは簡単でした実は我々の仲間に新潟放送に娘さん新潟交通には嫁さんがいたわけで情報が筒抜けだったのです。いつも宿泊は「浦島」でした。夜の宴は司令官が「俺はキリンのクラシックビールで日本酒は佐渡の鬼殺し」しか飲まないと我がまま言いますので宿に事前連絡してそれ以外は飲めませんでした。新潟のお酒はハズレがなく全部美味しくお土産でたくさん買った記憶があります。毎回
佐渡金山の北に位置する金北山のレーダーサイトにノルデックの板を担いで登ります。途中ブルで殉職した隊員に捧げるお花もありましたが司令官は自分のポケットから赤いリンゴを上げていました。流石でした。帰りは下り坂のスキーですのでルンルンでした。
ワタシのカラオケ18番です。

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