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なんとワタシが定年退官してから約20年になります。やっとこさ政治が腰上げました。入隊した昭和44年ごろは災害派遣に行っても陰口で「税金泥棒」とか言われ肩身の狭い職業でした。訓練では「タマに打つ弾がなかったり」宿舎も米軍のお古ばかリで官舎も各省庁では入居順序も最後でした。初任給は高卒で17、000円と民間会社に勤めた同級生と2万円も差があった時代でした。ワタシの職種は総務人事でしたのでよく覚えてます。そして一番 腹立つのは訓練なしの事務官職は月10万前後の残業手当てが付いて同じ仕事してながらへそ曲げていました。
この度自衛官の処遇改善に向けて政府がまとめた基本方針の原案が16日、判明した。2025年度中に、防衛省内に人的基盤の強化を担う新たな組織を設置し、サイバー専門部隊の隊員らに特殊作戦手当を新たに支給することなどが柱で、一般隊員の定年延長も検討していく。定員割れが続く自衛官を確保する狙いがある。25年度に行う具体的な処遇改善策として、サイバー部隊への手当のほか、航空管制業務を担う自衛官や航空機の整備員への手当を新設する。航空機の乗員への手当や災害派遣手当も引き上げる。駐屯地や基地で生活する一般曹候補生らを対象に、新たな給付金を新設することも盛り込んだ。自衛官の多くは、56歳が定年で、「退職後の収入に不安を感じる人が少なくない」。このため、原案では、一般隊員の定年を28年度以降、2歳程度引き上げることを検討する方針も打ち出した。一部職域に適用されている60歳定年について、宇宙やサイバーなどの分野で拡大することも検討するようです。このままでは日本が危ないので1日も早くやってケレ
百里管制隊に7年ほど勤務しました。当時は通称 陸の孤島と言われましたが茨城空港ができて道路が広くなりました。
今月は通院ばかりです。オマケに姉様の体調不良のため検査のお付き合いもあり毎日のタクシー代も半端ではありません。これまで介護らしきことはなかったので疲れも半端ない感じです。なるようになるさとケセラセラ状態です。診断後 お医者様から認知症が進んでいると聞いて元気が出ません。筋力が落ち、リハビリ病院などに転院して体力を戻して生活ができる様にしていく方針でというお話でした。
高齢者の入院はガクっときてしまうという事を聞いた事がありましたか
たとえ10日間以内でも
こんなに歩けなくなってしまったり
おトイレ感覚が鈍くなってしまったり
するのだという事
を実感しました。
化け物屋敷は嫌だと言った顔はなんとも言えない表情でした。 あ~あ です。
いよいよ本格的な冬です。
昨日は朝6時起床でした。日課になったストーブと炊飯器のスイッチ入れるために居間の戸を引いたらビックリそこには姉がテーブル右ひじついたまま動きません「どうしたと聞いたら」「立てないから起こしてくれ」とのこと 目方は60キロと想定しているが身障者で左手は握力がなく片腕の男になったワタシにはどうにもなりません そこで日ごろお世話になっている訪問看護さんに助けてくれとお願いしたら「救急車呼べ」と言われたので初めて119番に電話しました。似たような住宅ばかりなので道路に立って待っててくださいとのことでサイレント近所の人を気にしながら救急車が到着しました。それと同時に動けないはずの姉様がノコノコと歩いてくるではありませんかそれを見た救急隊員はどこか悪いのですかと質問され「姉様がワタシはどこも悪くないと主張」救急隊員が他にお腹痛いとかありませんかと聞いたら「バカ姉がワタシはどこも悪くないと一点張り」それで救急隊員が本部と20分近く調整した結果なんでもない人はルールでは乗せなれないとでした。しかし85歳の老婆でなんでもなかったら電話しないのになぁ そして係りつけの病院にタクシーで運びました。その町医者はMRIやCTスキャンの機械がないので能代山本厚生医療センターに紹介状書くのでしばらく待ってタクシーで直行です。そこでは血液 心電図 レントゲンとMRIやCTの結果医者が判定して貰いましたが結局脳梗塞の疑いがあるので来週から通院になりました。全部終わって時計見たら午後4時でした。実に朝から晩まで約9時間も拘束され飯も食わずその間はコーヒー1缶飲んだだけでした。流石にチカレれたビーでした。最近救急車も簡単に乗せられないようになっているようです。へば
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