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2020年6月26日 (金)

アローナイツ

昭和60年にムッチーが六本木の防衛庁から2空団(千歳基地)勤務になりました。

その導入教育で隊舎前の草刈りがあり恥ずかしながら無防備が原因で蜂窩織炎になり千歳病院に入院しました。

その時ベット隣の人が夕張の炭鉱夫の経験ある人で札幌で素晴らしいムード歌謡グループがいると聞いたのが

秋葉豊とアローナイツでした。

競作だった中の島ブルースを聞いてクールファイブより上かなと思い木下あきらにハマりました。

これまでいろいろグループがあったけど最高かなと思っています。 

秋葉豊とアローナイツ 

リーダーは秋庭豊。メンバー全員が北海道出身。元々は歌志内の炭坑夫として働きながらバンド活動を行なっていたが、後に札幌でクラブ歌手となる。同時期には細川たかしらがいた。

1973年(昭和48年)、自主制作盤として全て札幌を舞台とした『中の島ブルース』をリリース。2年後の1975年(昭和50年)、新たに大阪・長崎を加えた『中の島ブルース』でメジャーデビュー。内山田洋とクール・ファイブとの競作として大ヒットした。その後数々のヒット曲を世に送り出したが1990年(平成2年)、リーダーの秋庭が44歳の若さで死去。その後はメンバーの入れ替わりがあり現在はボーカルの木下あきら1人で活動している。

木下は、2002年に森本英世、元「森雄二とサザンクロス」の菅野ゆたかと共に「ハッピー・サザンアロー」を結成した。

 

メンバー(結成時)
秋庭豊(歌志内出身、1945年 - 1990年7月20日) - リーダー、ギター
山本厚(歌志内出身、1948年 - ) - ベース
升沢義男(歌志内出身、1948年 - ) - ドラムス
後藤直樹(歌志内出身、1952年 - ) - パーカッション
小笠原有次郎(旭川出身、1948年 - ) - オルガン
木下あきら(赤平出身、1948年9月8日 - ) - ボーカル

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