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2017年2月 4日 (土)

金の卵

ああ 上野駅
 
なぜか2月になると昔の集団就職を思い出し胸がキューンとなってしまいます。
ガキのころの悲しい出来事として「親は出稼ぎ 姉と兄は金の卵」とか言われ東能代の駅で泣きながら見送ったことがあまりにもインパクトが強かったようです。集団就職の保存版としての文章を見つけましたので載せておきます。
 
▽背 景
 
 高度成長期、都会の企業は、地方から多くの労働力を受け入れた。さらに、増大する一方の労働力需要をにらんで、年少者の採用を積極的に進めた。
 しかし、生活水準が向上するにつれ、都会では進学率が高まり、就職に回る中学新卒者は減少した。これにより、求人争いでは大企業に勝てない多くの中小企業は、都会の年少者を雇うことが難しくなった。
 このような状況において、集団就職は、企業・労働者双方の希望に応える有力な手段となった。

  

▽始まり
 
集団就職の前提に、集団求人がある。昭和29年(1954)、渋谷区公共職業安定所管内の商店連合会が新潟県高田市(現上越市)の職業安定所と提携し、まとまって求人を行った。これが集団求人・集団就職の始まりとされる。
 求人側には、地域的団体と同一業種団体とがあった。例えば、商業協同組合などは前者に含まれ、酒屋・そば屋・喫茶店・食肉店・洋品店など、同一地域の異なる業種が組合を組織したものである。
 対して後者は、織物業なら織物業どうし、理容業なら理容業どうしの、同一業種による団体である。昭和36年には、求人団体の約8割が同一業種団体であった。

 
▽就職列車
 
 第二次世界大戦後、青森県内の労働力需要は乏しかった。農業後継者はともかく、農家の2・三男や中学・高校の新卒者が県内で就職先を見つけるのは難しかった。そこで彼らは、関東・京(けい)阪(はん)神(しん)方面に赴き、製造業・紡(ぼう)績(せき)業・商業などの中小零(れい)細(さい)業種の労働者となったのである。
 このような事情を踏まえ、県は、新卒者を安全に就職先へ送り届けることを検討し、国鉄と交渉した。その結果、集団就職者専用の臨時列車が青森・上野間の東北本線に、全国にさきがけて運行された。昭和29年4月のことである。
 昭和30年代から40年代にかけ、地方の新卒者が都会の企業に集団就職するようになり、就職列車で移動した。最盛期は昭和39年度で、35の道府県から、7万8407人が専用列車で都会に向かった(歴史学会編『郷土史大辞典』)。彼らは「金の卵」と呼ばれ、高度経済成長期の産業経済を、
そして日本社会を支えた。

 
▽盛 衰
 
 県外就職の希望者は、年々増えた。昭和37年度を例にとると、求職者のうち県外に就職した割合は、高卒で約40%、中卒で約50%の高率であった(『青森県教育史』二)。しかし、就職先の90%が中小企業で、なかには、就労条件が事前説明と異なるケースがあったりしたため、途中離職者も多かった。
 昭和35年3月、青森県は県内の職業安定所から15~20人の職員を選び、集団就職列車の引率を兼ねて、東京・福井・横浜など就職者の多い地域に派遣した。彼らは一週間ほど滞在し、就職後の定(てい)着(ちゃく)補(ほ)導(どう)を実施した。
 昭和30年代後半、零細企業は労働者を確保するため、賃金・労働時間・厚生施設など福利面の改善を図った。しかし、昭和40年代に入ると産業構造が変化し、求人に対する企業側の考えも一通りではなくなった。また、地方でも高校進学率が高まり、中学新卒=集団就職という構図は成り立たなくなった。こうして昭和50年3月、集団就職列車は廃止された。
 平成15年(2003)、上野駅の広小路口広場に、上野駅開設120周年を記念して、一基の歌碑が設置された。青森県弘前市出身の歌手井沢八郎(本名工藤金一)が歌ったヒット曲「あゝ上野駅」をモチーフにしたものである。集団就職で上京した若者を題材としたこの歌は、まさしく彼らの愛唱歌であった。
 
●同時代の証言
 
▼集団就職列車を見送った元博多駅長 井手干樹(たてき)さん(95)
 1961年から64年まで国鉄博多駅長を務めていました。九州各地から多くの就職専用列車が本州へ向かった時期。あのころ、春先のホームは、いつも見送りの家族でごった返していました。
 「仕事もだけど、体が大事だからね」「母ちゃんもね」。窓枠から身を乗り出して手を振る子どもたちと、成功を期待しながらも別れの哀愁が先に立つ親。それぞれの感情が織りなすドラマがありました。
 知らない土地で知らない人間関係の下で働く幼い彼らを支えたのは、この家族との絆(きずな)だったのかもしれません。私たちも、複雑な思いで送り出したのでした。

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