東大は28日、医学部付属病院(東京都文京区)の医師らが汚職事件で相次いで逮捕されたことなどを受けて記者会見を開き、藤井輝夫総長が「社会の信頼を著しく損ねることになり、心からおわび申し上げる」と謝罪した。不祥事の背景に教職員の希薄な倫理意識やチェック機能の不全、縦割りの組織風土があったとして、リスク管理の最高責任者を置くことなどを明らかにした。これが現実なんです。ワタシは防衛庁内の航空自衛隊で東京工業大学とか防衛医科大学病院その他 防衛庁に関連する大学の付学生の面倒見る総務人事業務を担当しましたが大学教授は会社の代表より偉くワンマンだったことを思い出します。当時バブル時代でしたが東工大の学生は関連部局の仕事で全国に移動するときは通常の旅費申請するが教授から貰っていたようです。調査研究費は教授がたくさん持っていて便宜を図ってもらい教授の腹一つでどうにもなるようでした。これから第3者機関が調べるようですが日本の大問題に発展する予感がします。政治とカネはどこでもありそうです。あまり数が多いのでブタ箱がたりない気がします。
今日 1 月 20 日は二十四節気の「大寒」。一年のうちで最も寒さが厳しくなる時期とされています。そして、今日の画像は、新潟県十日町市の星峠の棚田。十日町市は、日本有数の豪雪地帯として知られており、この時期は例年、棚田だけでなく町内全域が真っ白な雪に覆われ、冬ならではの静かで厳かな景色を見せています…
星峠の棚田は、日本屈指の美しい棚田景観として知られており、約 200 枚の大小さまざまな水田が、魚の鱗のように山間の斜面に連なっています。300 年以上の歴史を持ち、四季によって風景が劇的に変化する点が魅力の一つです。その歴史的価値と景観の美しさが評価され、2022 年には農林水産省の「つなぐ棚田遺産」に認定されました。
棚田の思い出 後輩が父親亡くし後継ぎすると相談され いきなり退職願いを出してきまして これからどうするんだ? まぁ慌てないで休暇でもとって頭冷やしてこいと言ってやりました。大体 棚田の年収は300万とか言ってましたが自衛隊のほうが200万多くこれから大変だから隣近所や従妹はとこに助けてもらったことがあった。定年退官して感謝の気持ちとして新潟の銘酒八海山6本送ってくれたことがあった。先任業務も大変でした。
新潟の銘酒「八海山(はっかいさん)」八海醸造(新潟県南魚沼市)が製造する、スッキリとした辛口で知られる非常に有名なお酒です。
秋田で初めて総理大臣になった自民党の元首相菅義偉(77)=衆院神奈川2区=が次期衆院選に立候補せず、政界を引退することが16日に明らかになった。功績で知っているのは ふるさと納税制度を始め 電話料金も安くなった 幹事長職がこれまで一番長く8年もやった。秋田の田舎から出稼ぎして神奈川県で出世した感じです。人間はよかったがパートナーの悪党だった安倍晋三がお坊ちゃまで日本をダメにした形かな? 昨日は立憲民主党と公明党で新党を結成することで合意したが、1990年代の政治改革で小選挙区比例代表並立制が導入されて以降、野党勢力は非自民勢力を結集する形での合従連衡を繰り返してきた。なんか看板の「中道」とはいかにもダサくて古い 生活第一とか言っているが今まで口先だけだったので期待は無理 もう少し国民の税金を安くして消費税も減税したらと思う。高市もソトズラいいけど軸がなく軽すぎるし仲間にできる人がいないので今度の選挙で交代かな
最近 麻雀とヘボ将棋から離れて久しいがどうも昔からの友人は☆になったり入院したりでメンバー足りません。ゴルフ仲間も年取って話し相手もいなくなり電話するのもなんか面倒になりました。そこで頭の体操代わりにネット麻雀を復活させましたがおカネ動かないと面白くありませんので続きません。それでもいくらか記憶がシャープになってきたような錯覚しています。きっとボケ防止に役立っているのかも知れない。
昔 先輩から仕事しなくていいから宴会やゴルフの幹事は進んで受けろと教育されたがなんとなく麻雀とヘボ将棋が役立ったように感じています。仕事の基本が“報・連・相”(報告・連絡・相談)ならば納得できます。おかしな話ですが今考えると麻雀は遊びながら仕事の訓練だったように思います。
17日で後期高齢者の仲間になります。去年は姉と兄貴が亡くなり一人になりましたがよく75歳になるまで面倒見てもらいました。何しろ6人兄弟のバッジですから可愛いがられました。70歳過ぎても「ちゃん」付けで呼ばれていました。ワタシは能代で生まれましたが上の二人は樺太(サハリン)の「シスカ」敷香町だったりで生まれる前の話はよく知りませんので4人兄弟かと思ってました。シスカは日本領有時代の南樺太にあった重要な町で行政の中心地の一つでした。父親は運送会社をやってて隣はロシア人だったようです。個人的には人情厚く東北人と変わりなく付き合いやすいと聞いていますが中には プーチン タイプも多かったようです。まあ 泥棒や噓も日常茶飯事のようで全般的に治安も悪かったが不思議と住みやすいとか聞いています。戦争負けて能代に市営住宅が空いたので帰ってきたようですが隣近所はロシアと満洲からの引揚者ばかりで似た者同士 助け合った生活は金がなくても楽しいもんだと親から聞かされました。どこに住んでも人間 義理を欠いたり卑怯者の裏切りはつきものですがこれからの人生 後悔しないように生きたいものです。
羊蹄山(蝦夷富士). 標高1,898m、円錐型の美しさ ... 西には日本海の青い水平線、東には太平洋の雄大な眺望、そして眼下にはニセコの町並みや田園風景が広がります。

本日はスキーの日らしい。今ではスキー道具もゴルフ道具も身体壊してから親戚に差し上げましたので小屋にはありません。一応 現役時代 野外訓練ではアルペンとノルディックの教官やらされましたのでずいぶんとお金のかかるスポーツだなあと思いました。越後湯沢 羊蹄山 日光はいい思い出になりました。スキーが日本に伝来した経緯は1911 年のこの日、オーストリアのレルヒ少佐が新潟県の高田陸軍歩兵聯隊の青年将校にスキーの指導を行い、日本人が初めてスキーを行ったことから、スポーツ用品メーカー・ミズノの直営店・エスポートミズノが 1994 年に制定した後、全日本スキー連盟も関係諸団体との協議を行って 2003 年に制定しました。とのことです。
秋田県山本郡八竜町川尻で生まれた。川尻地区には本名の及位姓の家が4軒ほどあり、同姓の及位ヤヱもこの地区の出身である。中学生時代に中原中也の作品に出会い、影響を受けて詩を書き始める。1年間浪人して、のちに高校バスケットボールの名門となる秋田県立能代工業高等学校建築科に進学。バスケットボールの練習に明け暮れた。高校時代や一時故郷にいた頃のエピソードは、能代工業時代の恩師である加藤廣志著の『高さへの挑戦』に詳しく描かれている。中学校時代の小野秀二を鍛えたのは友川だった。また、NBAでプレイした田臥勇太も後輩にあたる。
実はワタシと同級生でした。教室も隣だったがバスケットボールのマネージャーだったので忙しい人で お互い顔だけ知っている感じかな今朝の地元新聞に載っていた。生きてるので安心した。
能代ナマリが最高だ 六本木と渋谷のライブハウスで看板見たことがあった。
5日は内科 6日は耳鼻科と通院してきました。内科の先生に突発性難聴について相談しましたら明日は入院の可能性があると脅されやや緊張気味に万端の準備して受診しました。耳の先生から左の耳にゴミが付いているが心配することはなくよくある話だと聞いて一安心でした。昨日の内科医はやはり「やぶ」のような気がしてきました。他を探さないとダメかなと思い考えてしまいます。どこが大変なことになるかも知れないですか少し勉強してもらいたいものです。
春の七草は、1月7日に無病息災を願って食べる「七草粥」に使われる7種類の野草で、芹(せり)、薺(なずな)、御形(ごぎょう/ハハコグサ)、繁縷(はこべら/ハコベ)、仏の座(ほとけのざ/コオニタビラコ)、菘(すずな/カブ)、蘿蔔(すずしろ/ダイコン)を指し、「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草」という歌で覚えるのがよさそうです。
最近 身体がダルク風邪気味です。喉の状態も悪く浅田飴の咳止めもしゃぶっていますが止まりません。有馬記念では当たったのですがトリガミ12500円の負けでした。競輪グランプリは地元の郡司から流して阿部が引っ掛かり41600円的中でお年玉にありつけました。今年は身内が二人共も亡くなりさんざんの年でした。いずれは誰もが行く道ですが最近気が抜けた状態が続き競馬予想なんかレースの書き間違いなどが有り的中と思ったらぬか喜びだったりとミスが多く注意力が散漫なのでしょうね。まあ 年末年始はヘルパーさんから食料、飲み物などをたくさん買ってもらい十分に有りますので餓死することはなさそうです。お正月はよく寝て早く金杯で勝負です。
クサ野球やめてゴルフを始めたのが千歳基地に転勤になってからでした。なにしろ世の中ゴルフブームで大変に人気がありました。ボーリングブームも凄かったがゴルフはそれ以上でした。会員権が投資として売買され異常な値が付いたりキャディさんは会社から車をプレゼントをされたり本当にバブル時代そのものでした。この立役者はジャンボ尾崎なくしては語れません。彼がいて青木功 中嶋 杉原がいました。そのジャンボは近寄り難い雰囲気でしたが実に気さくで誰よりも繊細かつ気配りの出来る人だと聞きました。この人がいなければあの昭和のゴルフブームはなかったでしょう。ワタシも全日空オーブンを2日続けてジャンボを追いかけました。何しろドライバーの飛距離は普通のプロが止まったところにキャリーで越えていたのでビックリでした。いい思い出ありがとうございました。
まだ ハタハタ 揚がりません
昨日2025年12月22日は、伝統的な二十四節気では「冬至(とうじ)」でした。「冬至」は、北半球において一年で最も昼の時間が短く、夜の時間が長くなる日です。気象庁の季節区分では12月から2月が「冬」とされているため、暦の上でも実際の体感的にも冬の季節にあたります。かぼちゃを食べるのは、主に冬至の時期に栄養豊富なかぼちゃで寒い冬を乗り切る生活の知恵と、「なんきん」の「ん」にちなんだ運気上昇の縁起担ぎ(運盛り)の2つの理由があります。β-カロテンなどのビタミンが豊富で風邪予防になり、食物繊維も豊富で腸内環境を整える効果があるため、昔から重宝されてきました。子供のころは母親から食え食えとうるさかったが田舎のトイレの窓から自然に生えていたので味と見栄えがイマイチであまり印象が良くなくあまり好みではない感じです。
自宅の敷地に電柱が1本立っていますがこの電気代はどこで払っているんだろうかと気にかけていましたが昨日NTTから連絡がありました。亡くなった姉の郵便口座が解約されているので振り込みができないとのことでした。通常引き継ぐのが相続者とのことで土地使用料を自分の銀行口座に変更しました。参考までに1年の契約料金は宅地は1500円 田畑は1200円とのことです。
10日 国家公務員に冬のボーナスが支給されたようです。平均支給額は約70万円とのことでした。ワタシも一応特別国家公務員だったこともありこの手の話は敏感です。現役時代はかなり前になりますがコンニャク(100万円)超えたのは定年前の2.3年だけでしたが今だったらナンボなるか気になります。確か計算式は俸給月額×2倍だったと思いますが忘れました。しかし年金生活でも食えないことは無いので人生とは不思議なものです。
話変わって 今朝の地元新聞によれば東京23区は出張したときの宿泊費が高すぎて現在の旅費規則では追い付かず実費支給になるようです。昔 ワタシも旅費担当官の経験ありますが日当 宿泊 急行とかバス代があれば晩メシにビール付ける余裕があったになぁと思っています。時代が変わりました。とにかく 顎 足 枕 「食事 交通費 宿泊費 日当」は仕事なんですよネ へば
また ブログを載せなくなりました。月に2回くらいかな? でも今月は連続もありです。最近は寝てばかりいるので体力の落ち方が異常、何もしたくないのです。先日も東京にいる従妹が明日帰るからステーキ奢るとか電話あったがなんとなく面倒で外出する元気がなくパスしました。ちょっと可哀想な気がしましたが健常者とは同じ生活は無理なのです。休みの日は一日、風呂に入るか横になっています。気が向けばヘルパーに頼み忘れた小物の買い物を気力を振り絞り買い物に行きます。主に百均の常連です。メシは麺類か、お粥、餅、野菜はアスバラかレタス、後はジュースで賄っています。ちょっと野菜が足りないかと思ったらキャベツ大盛りのトンカツを無理やりに詰め込んでいます。馬券と車券はスマホでいつでも遊べますが昔は1点千円だったのに今は百円で本当にショボイ暇つぶしです。特に勝負メンバーが面白くないと結局は寝ている方を選びます。好きな事をやらなくなったら終わりが近いと言われますがその点では片足を突っ込んでいるのかな⁉心が萎んでは身体も役に立たなくなる。人間は脆いですね。さて今月は有馬記念と競輪グランプリがあります。
ジャパンC15着のサンライズアースが、28日中山の有馬記念)参戦
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